アタシは独りが恐かった。
ママを失ってからずっと。
独りが恐かったから一生懸命勉強して皆の注目をあびようとした。
エヴァのパイロットになって、使徒を倒して、独りじゃなくなるはずだった。
なのに・・・・結局アタシは独りだった。
独りが恐いくせに他人との間に壁を作っていた。
だからいくら優秀でも・・・エヴァを動かせても・・・・
独りだった!
誰にも知られないように、アタシ自身にすら気付かないように隠してきたのに・・・・
サードインパクトが起きたときシンジになにもかも知られてしまった。
アタシがあんなバカシンジと同じですって?
だけど今更シンジの前でそれを隠そうとするのは余計みじめだ。
・・・・・・そう、それなら見せてやるわよ、アタシの汚さ醜さを!
どんなに自分が汚らしかろうがしたたかに生きてやる!
見てなさいバカシンジ!!
僕はいつも逃げていた。
母さんがいなくなり父さんに捨てられてから。
いつも他人が恐くて逃げてばかりだった。
エヴァに乗っても何も変わらなかった。
心が通いあったと思った事もあったけど、みんな間違いだった。
それでも僕は戻って来てしまった。
アスカ・・・僕は君の首を絞める程どうしようもない人間だけど・・・アスカだってそうじゃないか!
なのにどうしてそんな事言われなけりゃいけないんだ。
アスカ・・・君に自分の欠陥を認められるのか!
観客のいない二人芝居
後編
二人は睨み合いながら赤い海の波打ち際に立っていた。
彼等の他には誰一人としてここにはいない。
彼等には周りの景色など全く目に入らず、ただ互いの姿だけを凝視していた。
臨戦体制をとる二人・・・まず口火を切ったのはアスカだった。
「シンジ!アンタアタシに自分の欠陥を認める事が無理だと言ったわね。出来るわよ、それくらい」
「じゃあ言えるの?プライドの高いアスカが。自分がどんな欠陥があるのか。どんなろくでもないか!」
「言えるわよ!アタシはママが死んでから一人で生きるために一生懸命勉強して大学までいって、エヴァのパイロットにもなった。みんなに見てもらう為に。だけどママ以外の人に心が開けなかった。表で強がっていても、毎晩ママの夢を見て泣いていたのよ。アンタと一緒に暮らしてた時も!そんなに寂しいのに・・・心を開く事が出来なかった。ミサトやアンタにも・・・ヒカリや加持さんにさえ・・・出来ないのよ・・・そんなことさえ・・・・・それが一番必要なものだったのに・・・・・・それが恐いから強がってごまかしていたのよ!どう?バカでしょ、アタシって・・・そうよアンタよりバカよ!!」
「それくらいなんだよ」
「なんですってえ?!」
「僕は強がることさえ出来なかった。いつも周りの顔色をうかがって、おびえながら生きてきたんだ。アスカにだってそうだった・・・逃げていたんだ」
「どこが!じゃなんでアタシから逃げずに首絞めたのよ!」
「!?」
「アタシが恐けりゃここから立ち去ればいいじゃない!それをわざわざまたがってきて首まで絞めて・・・殺す気なんかなかったんでしょ?分かってるんだから・・・アンタにそんな根性ないわよ!おまけにその後のっかったまま延々泣き続けて・・・結局逃げるどころかアタシにじゃれついてたんじゃない!」
「そ、そんなことない!」
「アンタみたいにあつかましくなりたいわよ!アタシなんかいっぺん心が壊れちゃったんだから!どう?アタシのほうが悲惨でしょ?」
勝ち誇ったように胸を張るアスカにシンジの目が反発するように燃える。
「悲惨?僕は・・・トウジを手にかけた...いまでもプラグを握りつぶした感触が残っている・・・トウジの足を奪ったんだ!」
「なによ!あれはダミープラグのせいでしょ!アンタの意志じゃないじゃない」
「だけど!あれから僕はトウジの見舞いに一度も行けなかったんだ・・・・恐くて逃げていたんだ!僕は卑怯だ」
「ふんだ、ヒカリから聞いたけどトウジは全然気にしてなかったそうよ。それどころか気にせずにがんばれって言ってたって。心暖まる話ねえ〜」
「くっ・・・トウジがなんと言おうと僕は卑怯なんだ・・・トウジの妹まで怪我させたのに、見舞うどころか名前すら知らない・・・なのにトウジと友達面していた・・・・そんな資格僕にはないのに」
「友達の資格がない?それはアタシよ!使徒に心を汚されてヒカリの家に逃げ込んでいる間、アタシはヒカリの顔をずっと見ていなかった。視線をはずしながら会話してた。親友のはずだったのに・・・結局最初から心を開いてなんかいなかったのよ。ヒカリのほうは気を許してくれていたのに。ママが死んでから心の壁を作らなかった人は一人もいなかった。アタシは最低だわ!だから独りぼっちになるのよ・・・・」
「なんだよ!アスカは洞木さんを傷つけた訳じゃないじゃないか!僕は・・・カヲル君を殺しちゃったんだ!この手で・・・・あんなに仲良くできたのに・・・好きだって言ってくれたのに・・・」
「誰よカヲルって?」
「だからカヲル君は・・・」
「アタシの知らない人出してきて分かるわけないでしょ!」
「勝手な事言うなよ!」
「アンタがそんな事言うならアタシもアンタの知らない人出すわよ!」
「何言ってんだよ!?」
「アタシがアンタよりどれだけ悲惨でどれだけ汚された人間か教えてやるわ!」
「アスカなんかより・・・僕のほうが!」
「新しいママとは表向きは仲良くやっていた。でも心を開く事はなかった。ママの代わりと思っただけでいやだった。判らないように意地悪した事もあったわ。食べ物に砂を混ぜたり、靴のヒールを折れやすくしたり・・・でもあの人は悪い人じゃなかった。アタシが拒絶してただけで・・・・・心を開けば仲良くできたかもしれないのに壁をつくって・・・ううん、心の開き方すら分からないんだからどうしたって無駄でしょうね」
「なんだよそんなの!僕なんか小さい頃からずっと虐められていた。僕が気が弱くて虐めやすいから・・・小学生の時いつものように数人がかりで殴られていたら女の子が割って入って止めようとしたんだ。そうしたら今度はその子が殴られたんだ。僕以上に・・・その子は悲鳴を上げたよ・・・だけど僕はその隙に殴られているその子をおいて逃げてしまったんだ!僕はそんな意気地なしだったんだ!」
「なによそんなの・・・・・アタシはね・・・えっと・・・・マ、マイクルをね・・」
「なんだよそのマイクルって」
「アンタの知らない人出すって言ったでしょ!小学校の頃よ。アタシは初めて学年をスキップする前だった。周りのみんなを見下していたやな子だった。それでクラスでもっともバカな子を虐めてやったのよ!さんざ罵ってアンタみたいなの学校に来るなって!次の日から・・・えっと・・」
「マイクル?」
「そう、マイクルは来なくなったのよ!部屋に閉じこもりっきりになって。親が文句言いに学校に来たけど、その時エヴァのパイロット候補になっていたアタシは責められる事もなかった。マイクルは泣き寝入りよ。結局マイクルは登校拒否になって二度と顔を見る事はなかった・・・アタシみたいなののために・・・・酷い女ね、アタシって」
「虐めた子の名前くらいちゃんと覚えておけよ!」
「うるさいわね!だから酷いのよ、アタシは!」
「アスカは虐めてるんだから他人が恐くないんじゃないか!独りになるのが恐いだけで・・・僕は他人が恐かったんだ!だからいつも他人と距離をとるしかなくて・・・事あるごとに逃げてたんだ!」
「どこがよ!だったらなんでアタシに唾が飛ぶ程距離が近いのよこのバカシンジ〜!!」
髪を振り乱しながらアスカは自分の頭に巻き付いた包帯をまさぐり出した。
引っ掛かった指でこじ開けるように包帯を引っ張りはずそうとしたが、うまくいかずにアスカの頭が一緒に引っ張り回される。
「あうう〜っ!この、この、この〜!」
寄天烈な動きで包帯と格闘するアスカをシンジは怪訝な目で傍観していた。
やがて包帯の一部がちぎれ、するすると包帯が頭から取れ落ちた。
次に肩に巻かれた包帯を引きちぎり、腕から無理矢理引っこ抜こうとする。
「えい!えい!くぉのおお〜」
強引に剥ぎ取った包帯を地面に叩き付けると、アスカはシンジに向き直り毒づいた。
「見なさいよ!これが、これが、あの白いトカゲ共に、量産型エヴァに陵辱されたアタシの不様な姿よ!!」
「なによ?」
「傷一つない。綺麗なもんじゃないか!!」
「な、なんですってえ!?」
うろたえるアスカは包帯がはずれた目に手を当て、もう一方の目で包帯の取れた腕を見た。
触った目にも見た腕にも陵辱された傷跡は残ってない。
「な、なんで?!・・・・治ってるんだったら、なんで思わせぶりに包帯なんか巻いてるのよ〜!!」
「さあね。綾波にでも聞いたら?」
「ファースト!・・・アイツの仕業?・・・・あいつアタシをはめたわね〜!!」
「アスカが勝手にはまっただけだよ」
「うるさ〜い!!見かけなんか重要じゃない!要は心の問題よ!こ・こ・ろ」
「だったら必死こいて包帯取る必要ないじゃないか!」
「やかましやかましやかまし〜い!!」
「アタシは、アタシは、アタシはねえ、独りが恐い癖に心を閉ざしていて、それでいて攻撃的だったからいつも周りの人を傷つけていた」
「知ってるよ!」
「黙って聞けーい!セカンドチルドレンに選ばれて間もない頃うまくシンクロ率が上がらなくていらいらしてた頃、偶然アタシの体に触れた職員をセクハラで吊るし上げたのよ!本人は違うって言ってたけどアタシが執拗に追求したからその人配置替えになったのよ。アタシだって本当は故意に触れたんじゃないって分かってたのに引っ込みがつかなくなって・・」
「その人の名は?」
「マイクル?」
「また出た」
「アンタ何言わすのよ!!いちいち名前なんて覚えてないわよ!!とにかくそんな酷い事してたのよ!アンタはアタシみたいに酷くはないでしょが?」
「僕のほうが酷いよ!」
「じゃ、言ってごらんなさいよ!」
「僕は・・・ベッドで寝たきりのアスカを見て・・・・自慰をして・・汚しちゃった・・・」
「な〜んだ、そんなこと。今更何言ってるのよ!アンタと溶け合ってしまった時、言ったでしょ?アタシをオカズにしてること知ってるって!そんなのへとも思ってないわよ、アタシは元々汚れてんだから!あの時アタシはアンタが全部アタシのものにならないならアタシ何もいらないって言った。できる訳ないわ、他人の全部を自分のものにするなんて・・・・なのにアタシは汚れた卑しい心を持ってるからそんな事を平気で言ったのよ!恐れ入ったか〜バカシンジ!!」
「・・・・だけど」
「だけど何よ?」
「僕は・・・綾波でも自慰を・・」
ぴきっ
「ぬわんですってえ?!」
「だから綾波を使って・・・・」
「ア、ア、アンタ〜・・・・・」
「だから僕はアスカより汚い・・・・」
「ぬ、ぬ、ぬう〜・・・・ほ、ほほ、ほほほ・・・た、たいした事ないわ・・・よ・・アタシだって・・・・・・・アンタをオカズにしたわよ!!」
「ええっ!?」
「し、しかもアンタと加持さんの二股よ〜!!これでどうだ〜!」
「・・・アスカが僕で・・・」
「加持さんと二股と言ってるでしょが〜!!」
「僕で・・・・・・・」
「想像してるな〜!!」
「・・・・・僕が小学校に入ったくらいの時・・・自転車が欲しかったけどその事を先生に言えなくて・・・・ある日僕は捨てられている自転車を見つけたんだ。それを拾って乗っていたらお巡りさんに見つかって・・・盗んだって言われたんだ!拾っただけだと言ったけど聞いてもらえなくて・・・先生も欲しければ買ってくれと言えばいいんだよって言うだけで拾った事は信じてくれなかった・・・」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ん?」
「ん、ってそれアンタ全然悪くないじゃないのよ!!拾ったんならリサイクルに貢献しただけよ!悪いのはお巡りのほうじゃないの!」
「え?・・・そ、そうだったのか」
「今頃気付くな〜!!アタシはねえ、セカンドチルドレンになってから気に入らない職員を何人も飛ばしてやったのよ。選ばれた人間の特権を生かしてね。アンタそんな酷い事したことある?」
「うう〜・・・」
「どうなのよ?」
「ぼ、僕は・・・・・」
「なによ」
「テストの時トイレに行きたくなったけど、テスト中は質問できない事になってたんで手を上げられず、漏らしてしまった・・・」
「そんな事をアタシの話といっしょにするな〜!!アタシは、アタシはね、マイクル・・・他人をどれだけ傷つけたか切々と語っているのよ!それをそれを・・・・・お漏らしの話で対抗しようってのか〜!!」
「だ、だけどテストの時は普段と違って50音順に席に着くんだ。僕の着いた席は元々女の子の席でその子は椅子に自分用のクッションをつけていたんだ。僕はそのクッションを濡らしてしまって・・・」
「その子運が悪いわね・・・」
「酷いだろ?」
「酷い・・・・って酷さの種類が違うわよ〜!!」
「・・・・・・アタシはね・・・・その子から自分の好きな物を取って自分の嫌いなものを押し付けて食べさせていたのよ」
「その子の名は?」
「・・・・・」
「どうせマイクルだろ?」
「う・・・・悪かったわね!次アンタの番よ!」
「小学校四年までおねしょしてた」
「またお漏らしかい〜!!」
「な、なんだよアスカもマイクルばっかし!」
「そんなのだったらアタシも大学で卒業証書学長から手渡される時、おならしてそれを学長のせいにしたわよ!」
「なんだ、おならだけかよ!」
「なに〜・・・・アタシだって・・・・漏らしたことくらいあるわよ〜!!」
「聞いてないよ!」
「あれは9歳の時、スキップのためのテストを受けていた。大事なテストだから時間が惜しくてしたくなっても我慢してたのよお!やっとテストが終わって気付かれないようにそーっと教室出て廊下を走ってトイレに着いて便座に座ってほっとした途端漏れちゃったのよ!パンツおろしてないのに!」
「僕なんか虐められていた時何度もちびったよ!父さんの顔見てちびった時もあった」
「何言ってるのよ・・・アタシがパンツおろす前に漏らしたのは・・・・大っきい方よ〜!」
「・・ア、アタシは・・・・・わざと間違った答を教えてやったのよ・・・おかげでアイツの点数は13点だったわ・・・それをアタシは笑ってやったのよ・・・・なのにアイツも笑っていた」
「慣れたんだね、マイクルも・・・」
「分かった風な口聞くな〜!!」
「・・・・僕は・・・ネルフのコーヒーの自動販売機・・・アスカが使った後、僕が使おうとしたら返金口にお金が20円残ってて・・・それをアスカに言おうとしたらアスカもう行ってしまってて・・・僕はそれを自分の財布に入れたんだ・・・後で渡そうと思ってたけどタイミングを失って・・・・」
「そう・・・アンタ・・・・・そんな事を・・・・やってくれたわね・・・・・・だけどアタシは・・・・・アタシは・・アンタに自販機の缶ジュース買わせておいて・・・釣り銭が出たらアタシが取ったわ」
「あれは気にしてないよ・・・・」
「なんでよ・・・・腹の底ではずっこいと思ってたんでしょ・・・・」
「・・うん」
「ふ・・・・ふっふっふっふ・・・ずっこいのよアタシは〜・・恐れ入ったかぁ・・・」
「僕も・・・ずっこいんだ・・・4ヶ月前・・・夕食の食材買いに行く時・・・ハンバーグの肉・・・・アスカが上肉にしろって言った事あっただろ・・」
「そういやそんなことあったわね・・・・」
「・・実は・・・あの時100gあたり二百円安い肉を買って・・・残りを、残りを・・・・・・・・・・貯金したんだ!」
「貯金!!・・・」
「・・・アスカが出来たハンバーグをいかにも上肉は違うってばかりに・・・・美味しそうに食べてたのを見て心の中でほくそ笑んでいたんだ・・・どう、僕が憎い?」
「ふ〜ふっふっふ、その程度で憎んだりすっか!・・・腹立つけど・・・アタシは・・・・マイクルのハンバーガーをぶんどってアタシの嫌いなものを押し付けていたわ・・」
「・・・それ前にも聞いた」
「なんですってえ!?」
「だから前に聞いたよ!」
「いつよ・・・・・・・いつどこで誰に聞いたのよ!?」
「あ・・・・・あれは・・・・・7歳の頃だった・・・・アタシはマイクルと木登りをして・・・」
「公園で一番高い白樺の木でマイクルを先に登らせて下から尻つっ突いててっぺんまで登った所でアスカだけ下りちゃって置き去りにして帰ったんだろ!」
「!・・・なんでアンタが知っているのよ?アンタまさか・・・・」
「僕はマイクルじゃない!」
「分かってるわよ!アンタはバカシンジよ!ちっちゃい頃よくお漏らしして学校で授業中もよおしても手上げてトイレ行きたいと言えなくて休み時間にトイレに駆け込んだらいじめっ子に閉じ込められて上から水ぶっかけられて先生にチェロをやらされてやめるきっかけ失って演奏会で弾いたら女子に評判良くて男子が嫉妬してまた虐められてそれでも止めたいと言えなくて・・」
「どうして知ってるんだよ!!」
「知ってちゃ悪い?!」
「毎日ママの夢見て泣いててある日教室でうたた寝してしまったらママの夢見て涙をこぼしてしまってそれを隣の席のマイクルに見られてそれからマイクルにつらく当たるようになって、マイクルは優しく大丈夫って聞いたのに」
「アンタ・・そんな事までどうして、どうしてアンタが、アンタが〜・・・なんでよお!!」
「ア、アスカこそ僕の過去を、僕を・・・どこまで知っているんだ〜!!」
「アタシをここまで知っているアンタアタシのなんなのよ〜!!」
「アスカこそ僕のなんなんだ〜!!」
控えめな音を立てて寄せては返す赤いさざ波。
足下が波に触れるぎりぎりの位置に肩を並べて横たわる少年と少女。
少年はからだを丸め、疲労し切った体を休ませているように見えた。
しかし硬くとじた目と目の間にはきつい縦じわが寄っている。
一方、仰向けに寝ている少女の両目は強く見開かれていた。
星空の映ったその青い瞳は焦点が全く定まっていない。
たとえ目が開いていても、実質的には彼女もまた少年同様夢の中にいる。
しばらくの間二人の時は停止したままで、波の音だけが一定のリズムを刻み続けていた・・・・・
・・・・・少女の瞳の焦点がするりと定まった。
体を転がし、少年の姿を確認する。
彼の寝顔を見た少女の眉が吊り上がった。
すっくと立ち上がると腰に両手をあて、少年をぴたりと見下ろした。
「おきろー、バカシンジ〜!!」
少女の叫びに少年はのろのろと目を開いた。
「やっとお目覚めね、バカシンジ」
少年は自分をジト目で見下ろす良く知った姿を見つけると無愛想な声を返す。
「なんだ、アスカか・・・」
少年の余りに鈍感な反応に少女の表情が更にきつくなり、声のトーンがヒステリックに高くなる。
「なんだとはなによ!それが・・・・それが、それが、それがぁ〜・・・・・・・・・
「で、二人の容態はどうなんだね?」
「はあ、それが・・・・」
冬月の問いにマコトはなんとも言いづらそうな表情で話し出した。
ここはネルフの執務室。
だだっぴろい部屋に今や総司令となった冬月と相変わらずオペレーターの日向マコトの二人だけだった。
シンジとアスカはサードインパクトの二日後に、LCLの海の波打ち際で発見された。
衰弱しきった状態で見つかった彼等は今、同じ病室に収容されている。
収容後一日経過した時点でマコトは冬月に二人の容態を報告に来たのだった。
「収容時の衰弱は疲労と空腹が原因でしたが、これはすぐに回復しました。問題は精神的な部分です」
「精神的・・・」
冬月は眉をひそめる。
あれだけの事が起きたのだからその精神的衝撃の甚大さは容易に推察出来る。
それが彼等をどれだけ苦しめていることだろうか・・・・
「収容時の彼等のテンションは肉体の衰弱と裏腹に異常に高く、今もその状態をずっと維持しています」
「ふむ」
「とにかくやたら・・・元気です」
「?、なんだねそれは」
「声がでかくて・・・しかも互いの事を途切れる事無くけなしまくってます、しかも」
「しかも?」
「彼等の記憶に異常が見られます」
「どんな異常だね?」
「それが・・・・お互いの事を・・・・・・・幼馴染みと思い込んでいるんです」
「はあ?そりゃなんだ!?」
「とにかく二人ともお互いの過去を事細かに知っているんです。こちらが呆れるほど。それで相手のみっともない過去を延々ばらし合っているんです、今現在も・・・」
「・・・・・」
冬月は言葉に窮した。
かなり悲惨な事態を覚悟していたのに、どうも勝手が違うようだ。
「別々の部屋に分けようともしたのですが二人に断固として拒否されまして・・・・・どうします、御会いになりますか?」
マコトの問いに冬月の顔が引きつる。
「・・・い、いや、まだいいだろう・・・彼等の事は君に任せる。御苦労だった、さがっていいぞ」
「はい・・・・」
やや落胆の色を浮かべつつ、マコトは肩を落としてドアに向かった。
病室へと続く通路をとぼとぼ歩くマコト。
二人のいる部屋が見えてきた。
自然とため息が漏れる。
と、突如病室のドアが開き一人の女性が転がり出て来た。
廊下にへたりこみ、荒い息を吐き続けている。
「マヤ!」
驚くマコトをマヤは虚ろな瞳で見上げた。
「マコトさん・・・・・」
「どうした?」
駆け寄り抱き上げるマコトにマヤは疲労に満ちたか細い声を奏でた。
「知ってますか・・・・?」
「何を・・?」
「シンジ君とアスカ・・・・あの二人・・・・・・実は、実は・・・・幼馴染みだったんですう〜」
「・・・・・・・」
急速に心が冷めてゆくマコト。
「そうか・・・・分かった。君はしばらく休んだほうがいい」
「はい・・・そうします・・・・・」
ふらりと立ち上がると、おぼつかない足で左右に揺れながら歩き出すマヤ。
マコトはそんなマヤを気遣う気力さえ失せていた。
「あれほど入るなと言ったのに・・・」
頭を抱えるマコトの耳に閉じられたドア越しに騒々しい声が入り込んできた。
防音設備が整ったネルフのドアを突き抜けて。
「アンタがアタシをオカズにしてた事くらい知ってんのよ〜!!このドスケベバカシンジ〜!!」
「アスカだって僕と加持さんでオカズの二股かけてたくせして〜!!」
「アンタこそアタシとレイとミサトと・・・マヤとヒカリにまで手をつけてたんでしょうが〜!!」
「アスカはマイクルと・・」
「マイクルまで巻き込むな〜!!」
(・・・・・・聞くに耐えない・・・)
耳を塞ぎたくなる衝動をこらえてマコトはドアに向かい合った。
与えられた仕事であるという使命感がかろうじて彼にドアに手を伸ばそうとさせる。
「出てけ〜バカシンジ〜!!」
「やだよ〜!もっともっとアスカの気に障ることを言ってやる〜!!」
「アタシもアンタに出てって欲しくないわよお〜!アンタに言いたい事山程あるのよ〜!!」
マコトの手が止まった。
ドアから溢れ出るけたたましい声の応酬に押し戻されるように手が引っ込む。
憔悴しきった表情となったマコトはゆっくりドアに背を向けた。
(いいか・・・・もう)
マコトは彼等を二人きりにしておく事にした。
あの二人のいつ終わるとも知れぬ激しく、やかましく、せせこましい罵り合いの観客になる気持ちにはなれなかった。
ほっておくのが最良の方法なのだろう・・・シンジとアスカ、というよりマコトにとって。
結論を出したマコトは逃げるようにしてドアから立ち去っていった。
「バカシンジ〜!アンタはどうして、どうして、どうして、相変わらず、ずっと、そうもバカシンジなのよ〜〜〜〜〜!!」
「アスカだって、アスカだって・・・なんで・・・なんで、いつも、昔から・・・・・そんななんだあ〜〜〜〜!!」
演者だけ取り残し、観客のいない芝居はいつ果てる事なく延々と続いていた。
終劇
「うるさ〜い!!」
「うるさいのはそっちだよ〜!!」
どうもうまくいきませんでした。
もっとなだらかに二人の心を壊したかったのにかなり急激になってしまった。
これはやはりシンジとアスカの過去ネタを考えるのがしんどくて数をこなせなかったのが原因と思います。
まあ、しゃーないです。
サードインパクト後から喜劇化させるという発想の話ですがどうでしょうか。
お二人さん、とにかく仲良くやってちょーだい!っちゅうこってす。
おもろくなかったらごめんね〜。
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