SHUFFLE!年賀SS 「稟の平穏(?)な正月」 作:速水舞斗 |
「「あけましておめでとうございます」」 「…ございます」 ここは光陽町芙蓉家。 芙蓉楓、プリムラ、そして土見稟の住む家である。今日は元日の午前。 芙蓉家のリビングには寝正月に興じる事も無く3人の住民が集まっていた。 「去年はいろいろあったけど、今年も一つよろしくな」 「はい、こちらこそよろしくお願いします」 「……」 稟の言葉に、 半ば予想されたとおりの反応を返す2人。 ちなみにお正月のお約束とでも言うべきか、 楓もプリムラも今日は振袖を着、髪を結い上げている。 稟の記憶が確かなら、 プリムラの振袖は幼い頃に楓が着ていたものである。 「さて、新年の挨拶はこの程度にして…」 「おせち料理、食べましょうか」 「楓の今日の料理…家で食べるのにお弁当なの?」 「リムちゃん、これは『おせち料理』と言って、 日本に伝わるお正月の伝統的な料理なんですよ」 「そういうことだ。それじゃ早速食おうぜ」 稟の言葉でおせちを食べ始める3人。 プリムラも手伝っていたとは言え、 CDケースをふた周りほど大きくした 重箱3段のおせち料理をしっかり仕上げるあたり、 流石は完璧超人楓の技である。 3人はお屠蘇こそ呑まないものの、 しっかり鯛のお頭付きまで揃ったおせち料理に、 3人は舌鼓を打ち始めた。 ピンポーン おせちもあらかた食べ終わり、 TVで正月のカンヅメ番組を見始めた芙蓉宅にインターフォンの音が響いた。 「お?誰か来たようだな」 「私ちょっと見てきますね」 「去年のパターンだと亜沙先輩が初詣に誘いに来た頃合だけどな」 しかし、そんな予想は近隣住民によって打ち砕かれた。 「稟ちゃん!初詣にいこうじゃないか」 「魔王のおじさん…あけましておめでとうございます」 「ああ挨拶を忘れていたね、あけましておめでとう」 楓によって家の中に案内されて入ってきた黒い紋付袴姿の魔王は、 いつものテンションで初詣に誘いに来たようだ。 しかし、稟はいつもより勢いが弱いことに気が付く。 「あれ?神王のおじさんは一緒じゃないんですか?」 「神ちゃんは、 正月ということで人間界のいろいろな場所からお呼ばれしてね、 今日は忙しいんだよ。」 確かに正月に「神様」を呼びたがる人間心理は理解できないこともないし、 逆に「魔王」を呼びたくない心理も理解は出来る。 …でも、何も知らないであの神王を見たら非常に気の毒だろう。 稟は魔王に先に外で待ってて貰うように言うと、 自室で支度を整えて自分も外に出る。 「あ、稟くんあけましておめでとう♪」 「シアか、おめでとう」 玄関から外に出た稟を振袖姿のシアが出迎えた。 「あれ?シアはおじさんと行かなくて良かったのか?」 「うん、行かなきゃ行けなかったのはお父さんだけだったから、 今日はお母さん達と一緒に初詣行くことにしたんだ」 シアの言葉に稟が振り向くとシアの「お母さん達」が、 これまたそれぞれ振袖姿で並んでいた。 「あけましておめでとう、稟くん」 「いつもシアがお世話になってます」 「今日はゆーちゃんが居ないから静かで良いでしょう」 「えっと…おめでとうございます」 いつもより男女比がさらに女性寄り(と言うより魔王と稟以外女性) なうえに、平均年齢が(良い意味で)上の方向にシフトしている場に、 戸惑いを隠せない稟。 「シアちゃんのお母さん方、あけましておめでとうございます」 「…おめでとう」 「楓ちゃんにリムちゃんもおめでとう」 「二人とも似合ってるわよ」 芙蓉宅から楓とプリムラが出てくる。 やはりこういうときは女性の方が準備に時間がかかるものなのだ。 「さて、それじゃ行こう…ってあれ?ネリネは?」 「ああ、ネリネちゃんはね。 ちょっと支度に時間がかかってるみたいだよ」 稟の言葉に魔王が答える。 しかし、魔王のその言葉に稟はある予感が脳裏を掠めた。 (このパターンってまさか…) 「お待たせいたしました。 あけましておめでとうございます、稟さま」 「ああ、ネリネ。あけましておめ…」 稟が振り向いたそこには、 稟が期待…いや恐れていたとおり、 赤と白に身を包んだネリネの姿があった。 「あの…ネリネさん?その格好はいったい??」 「はい、巫女装束ですよね? お父様が『この国で初詣と言ったらこの格好しかない』と」 「魔王のおじさん!!」 思わず叫びだす稟。 だが当の本人は既にその場に居なかったりするのが慣れたもの。 しばし呆然とした後、稟は脱力していつもどおりネリネに言うのだった。 「ネリネ」 「はい」 「今日はそれしか服を用意していないのかい?」 「え?いえ、もう一着皆さんのと同じような振袖が…」 「俺はそっちのネリネが見たいな」 「え?あの…稟さまはこの格好はお嫌いでしたか?」 そう言って上目遣いで稟を見つめるネリネ。 稟は崩壊しかける自制心を何とかかき集め、 ネリネに半ば懇願した。 「いや、嫌いじゃない。むしろ好…そうじゃなくて! 今日は振袖姿のネリネを一緒に歩きたい気分なんだ。 だから…楓!よろしく頼む」 「はい。あの…リンさん。 手伝いますので、着替えてきましょう」 「えっと、ありがとうございます楓さん」 「あ、私も付き合うわね」 「私も」 シアのお母さんの一人、アイリスとライラックが、 二人の後をついて行く事になった。 「ゴメンね、兄さんが稟くんをまた困らせるような事して」 「いえいえ、本人が確信犯なのは良くわかってますし。 もういい加減に慣れました…時間の無駄になってるのは確かですが」 残る事になったシアの実母であり、 魔王の(フォーベシィ)妹であるサイネリアが稟に詫びる。 やがて、振袖姿に着替えたネリネが魔王邸から出てくると、 稟たちは最寄の神社に向かう事にしたのだった。 「うわぁ、TVでは見てたけど本当にたくさんの人が来るんだね」 参道に入ったシアが思わずもらす。 今は元日の昼前…神社が一番初詣客で溢れかえる時間帯だった。 敷地に入ってすぐのあたりはそれほど混んでいなかったが、 それも本殿が近づくにつれて本格的に混雑し始めていた。 「この辺りじゃ一番大きな神社だからな。 みんなはぐれるなよ…って言うのも無理があるか。 要件済ませたらあの御神木の下に集合な!」 「了解っす!」 「わかりました」 稟の言葉に、もみくちゃにされながらもそれぞれ答える全員。 それから一応は別行動になるわけだが… 「稟くん待ってぇ〜〜」 「り、稟さまっ…きゃあ!」 「大丈夫かネリネ」 案の定、この場で経験値の低い二人を案内する事になる稟。 楓とプリムラは独自に賽銭箱に向かったのだろう。 人ごみで倒れこんだネリネと、それに何とか近づいたシア。 稟はそんな二人の手を取ると賽銭箱に向かって流れに乗る。 「無理に進もうとしない事がコツなんだ。 ほら、二人とも離れるよ!」 「あっ、うん!」 「稟さま…ありがとうございます」 稟としてはただはぐれる事の無いように手をつないだだけだったのだが、 二人にとってはそれは予想外に嬉しい行動であった事は言うまでもない。 それから3人はお賽銭を済ませ、 お守りなどを売っている社務所に移動した。 社務所は2箇所に分かれており、 片方ではおみくじを、もう片方では破魔矢やお守り等を売っていた。 「稟くん、ここは?」 「おみくじやお守りを買う所さ」 「あ、それなら知ってるよ。 おみくじを引いて、今年一年を占うんでしょ? そして引いたおみくじは木に結ぶんだよね」 「私も知ってます。 正式にはおみくじを引いて悪い結果が出た時に、 『難を転じて福と成す』にちなんで 南天の木の枝に結び付けるんですよね」 「へぇ、そうだったのか。 さすがネリネ。博識だな」 稟が何気なく褒めるとネリネは頬を赤く染める。 その後、とりあえず3人はそれぞれおみくじを買うため行列に並ぶのだが… 「なんでここにお前が居るんだ?」 「何でとは心外だな。 俺様のような人間がここで神様に奉仕していてはいけないのかな?」 むしろ人間に奉仕しろと言いたい気持ちをぐっと堪え、 稟はおみくじ列の先に居た悪友、緑葉樹をにらみ付ける。 「ほらほら、後がつかえてるんだし。 お一人様150円、3人で450円の奉納金だ」 「何が狙いだ。 おおかた此処だと巫女服姿をした女性達が見放題とか、 そういう理由なんだろ?」 3人分のおみくじの奉納金(代金)を渡しながら樹に尋ねる稟。 樹はそんな稟の言葉に口元を緩め、 眼鏡を直しながらおみくじの棒が詰まった箱を手渡す。 「極めて簡単な理論だね。 俺様が巫女さんだけが目当てだと言うのなら、 なにもわざわざ自分で働いてまでこの場に居る必要は無い。 しかし、初詣に来るのは何も稟のような巫女さん狙いの男共だけじゃない、 うる若き女性達もいるわけだ。 俺様がこの場で奉仕する事は、そういった女性達に対する、 俺様として最大限のサービスなんだよ」 箱を振って出した棒と引き換えにおみくじをもらう稟。 見ると隣の列に並んでいたシアとネリネは既におみくじを引き終えていた。 そこで去り際に稟は尋ねる。 「その心は?」 「この場なら振袖姿の女性達が見放題、 アンドおみくじ以外に紙を渡してもバレにくい」 ここで煩悩満載の男が奉仕活動しているんですが、 良いのですか?神様… 人ごみから抜け、少しは落ち着ける場所に出た稟達は早速おみくじを見る。 シアとネリネは「大吉」だったが… 「稟さまは…『中吉』ですね」 「えっと、何々…家内騒乱に注意、体力に注意だって」 (俺は今年も平穏に過ごせそうも無いって事ですか…) シアとネリネが読み上げる内容に頭を痛める稟。 どうやら稟の受難はまだまだ続くようである。 ちなみにその頃、同じ境内のやや離れた位置。 ピピッ…ピピッ… 忙しなく働く巫女さんたちを撮影する、 オッドアイの貧乳少女の姿があったりする。 それから稟はおみくじに対する気休めとしてお守りを買う事にし、 それほど離れていなかったのでシアやネリネとは別行動を取る事にした。 「いらっしゃいませ」 「…」 「どのお守りをご所望でしょうか? ちなみに私のおススメは『安産祈願』 数は3つほど必要でしょうか?あ、リムちゃんを含めると4つかな?」 「まままぁ♪稟さんは既にそこまで♪」 「そういう笑えない冗談はやめてください。亜沙先輩とカレハ先輩」 再び混雑の社務所の前まで来た時、稟はやはり脱力感に襲われていた。 賢明な読者なら此処までの展開で察していただけるだろう、 そこには巫女装束に身を包んだ時雨亜沙とカレハが居たのだった。 「二人とも3年生ですよね?良いんですか? 受験間近の3年生がこんなところでアルバイトしてて」 「深い事は気にしなーい。Don't worry!」 「大丈夫ですわよ。 お勤め終わった後は二人で一緒に勉強していますから」 「それにいざとなったらもう一年バーベナ通うのも悪くないかなーって」 「まぁ♪亜沙ちゃんってば大胆発言♪」 もはや暴走モードに入っている二人を止める気力は稟には無かった。 見ると二人と同じ場所に詰めている同僚の巫女さん達も皆、 二人の勢いは手に負えないらしい。 「ねえねえ、稟ちゃんから見てこの格好似合ってる? 本当は今日終わったら、 この格好で稟ちゃんの家へ押しかけちゃおうかなって思ってたんだけど!」 「頼みますからその様な考えは金輪際しないで頂きたい。 家内安全のお守り1つ、お願いします」 「はい、家内安全と安産祈願4つですね。 お一つ500円で2500円お納めください」 「だから安産祈願は要らないですって。 …って、だからそこで何故残念がるんですか、先輩!」 そう言って財布から500円を取り出す稟。 それを受け取ると交換に金色の刺繍で「家内安全」と書かれたお守りを手渡す。 口ではあんな事を言っていながらもきちんと応対するあたり、 さすが亜沙である。というか… 「稟さんが家内安全を…まままあ♪」 スイッチが入ったこっちがマトモに働けていないのもお約束。 「はぁ〜疲れた」 「お疲れ様です、稟くん」 帰宅と同時にリビングのソファーに倒れこむ稟。 お守りを買った後、皆と合流して帰宅するだけの予定がそうは問屋が卸さなかった。 楓と行動を共にしていたはずのプリムラが迷子になり、 集まった全員で再び探す事になってしまったのだ。 しかし現場は初詣客でごった返す神社、 事情を聞いた亜沙とカレハも加わり大勢で探してもなかなか見つからない。 結局プリムラは夕方頃に綿菓子の出店で、 綿菓子製造機を食い入るように見ているところを稟によって発見されたのだった。 「プリムラは?」 「疲れて眠ってしまいました。 リムちゃん、ああいった場所に慣れてなかったですから」 「そうだな」 「稟くんも疲れたでしょう? お夕飯どうしますか? おせちだけでは量が足りないと思いますんで何か作りますか?」 「ああ、それについては楓の好きに頼む」 「はい、わかりました」 そう言って苦笑しながら台所へと消えて行く楓。 まだ楓は振袖を脱いではおらず、 その姿は高級料亭の女将を彷彿させる。 ふと、稟の脳裏に考えが浮かぶ。 「なぁ楓…」 ピンポーン………ドタドタドタ… インターフォンの後、無遠慮な足音が玄関から近づいてくる。 どうやら玄関の鍵は閉めて無かった。 「稟殿!俺と正月の杯をかわそうぜ!」 「肴に私がおせち料理をいっぱい作ってきたからね、 今日はとことん呑もうじゃないか!」 リビングの扉を開けて入ってくる一升瓶を数本かかえた神王と、 何段にも重ねられた重箱をかかえた魔王。 …どうやら、ネリネを送り出した後に自宅で作っていたらしい。 「お父様っ!稟さまにご迷惑が…」 「いぇーい呑もう、呑もう!」 魔王の静止にかかるネリネとイケイケモードのシア。 …どうやらシアは既に呑んでいるようである。 「稟ちゃん元気〜? 家でおせちと御屠蘇余ったからお裾分けに来たよ〜」 加えて重箱と酒瓶持参の亜沙がそれに加わる。 彼我戦力差歴然…どうやら稟に逃げ道は無いようだ。 「はぁ…俺に心休まる正月は頂けないのでしょうか神様…」 「ん?呼んだかい、稟殿」 「いえいえ。さあ、とっとと呑んで潰れちまいましょう」 「お?その勢いだ」 もはや自暴自棄になりかけた稟が杯を次々と煽る。 常軌を逸したどんちゃん騒ぎになってきたが、 両隣の家の迷惑を気にする必要があるわけない。 こうして稟の元日は更けて行くのだった。 ちなみに、翌朝起きた稟がどの様な惨状を目にしたか、 ここでは語るまい。 完 初稿:2005.01.04 |
あとがき というわけで年賀SS兼、BasiL/Navel SC Links System謝恩企画兼、 JammingMix更新停滞対策兼、ストレス発散のSHUFFLE!webSS第二弾です。 思いついたのが今年1月1日の午前0時過ぎ、 それから正月三箇日中に書きあがれば良いなぁ〜と思ってて出来上がったのが4日午前1時になりました。 これでも結構急いで書いたのでかなり荒の目立つ内容で… 後から原稿差し替えが利くのがwebの良いところだよね?ね?ね? まぁ、今年も当HPをよろしくお願いいたしますという事で、新年の挨拶とさせていただきます。(何故か綾小路きみまろ風) (2005.01.04) |